おさるの日記

感じること、思う事

AIが親になったらいいのになと想像する

昨年だったか、「親ガチャ」というネットスラングが流行っていましたね。

 

親には当たり外れがあるという、親をやっている者としては非常につらい言葉ですが、実際そういうこともあるだろうと思うだけに、複雑な心境になる言葉です。

 

経済、階層、知識量や親としての力量など、様々な点で差はあるでしょう。

 

そんな風に親に当たりはずれがあるのは、親が人間だからです。

 

例えば「親」が「AI」だったらどうでしょうか。

生まれた子供の特質に合わせ、最適なAIが親として与えられるならどうか。

 

認知の歪みも、人格に障害もない。親としての見栄も虚栄心もなく、ただその子供がその子供として成長できるように全力でサポートする。

 

心身ともに少しの変化も見逃さず察知し、その都度適切な処置を施し、保育者であり医者であり心理士でもある。

 

子供一人ひとりに与えられるので、「親ガチャ」などという言葉は存在しない。兄弟間の親をめぐる争いもない。

 

かと言って神様のような親ロボットではだめなので、人間的な喜怒哀楽もプログラミングしておくとよい。喜怒哀楽の表現方法も、子供に合ったものにしておけば害はないだろう。

 

そういう最適ロボットに育てられた人間は、どんな大人になるのでしょう。

 

しぶとさや強さがなくなるのではないか、とか、不自然に脆弱な「良い人」になるのではないか、とか、いろいろ反論も出ると思いますが、私は案外普通に育つのではないかと思うのです。

 

不適切な親に精神を破壊されることもなく、もちろん虐待などあろうはずもなく、まっすぐに健全に、その子なりの力を持って、すくすくと育つのではないでしょうか。

 

最適な環境の中で適切な対応をする親がいて、それでもし歪んだ大人になるのなら、それは遺伝的な問題が原因なのではないのでしょうか。

 

何をどう考えても、不適切な親がただ「人間である」という理由だけで、AIよりも優れているとは思えません。

 

人間らしい肉体と体温を持ち、声や表情も人間そのものなら、それはもう親として「人間以上」と言えるのではないでしょうか。

 

何百年も未来には、

「昔々は、人間が人間を育てていたんだよ」

「え~! うそでしょ!」

なんて会話が普通になるかもしれません。

 

親AIを作るとなると、今後どのくらいの時間がかかるのでしょうか。50年? 100年?

 

早くできてほしいものです。そうして親によって不幸になる子供が一人でもいなくなることを願うばかりです。